志のチカラ

ムササビのようなスーツ1枚で飛行機から飛び降り、空を滑空する「ウイングスーツ・フライング」。伊藤慎一さんは、ギネス記録を通算6回達成した世界的な“鳥人”だ。世界をフィールドにこのスポーツを開拓する、その志のありかを尋ねた。

1964年東京生まれ。自衛隊、米国のミリタリースクールなどを経て、米国パラシュート協会のPRO展示降下資格。SL※インストラクター、タンデムインストラクター資格のほか、アジア人で初めてウイングスーツメーカーBIRDMAN社の公認ウイングスーツインストラクター資格を取得。現在は株式会社リスクコントロール代表取締役として、軍や警察の特殊装備の販売や警備会社の経営を行うほか、企業の危機管理や防犯向けのアドバイザーも務める。 ※SL(スタテックライン):パラシュートと飛行機を紐でつなぎ、降下時に自動的にパラシュー

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空飛ぶ鳥に最も近づけるスーツ
好きなものを究めるために世界を目指した
出会いが世界を身近なものにしていく

空飛ぶ鳥に最も近づけるスーツ

──伊藤さんは「ウイングスーツ・フライング」の第一人者ですが、もともとはスカイダイビングをされていたんですね?
自分の体で大空を自由に飛ぶ感覚を味わえるというウイングスーツ・フライング。飛んだ人にしか分からない、地上とはまったく違う世界がそこにあるという。

伊藤:そうです。初めて飛んだのはカリフォルニアで、22歳のときでした。卒業旅行のつもりだったのですが、宿泊先のそばにスカイダイビングのセンターができたと聞いて「よし、飛ぼう」と。即決でした。小さいころから、漠然と空を飛んでみたいと思っていました。きっと、男の子なら誰でもそうであるように、空に憧れていた。

 それからいまに至るまで、1600回以上飛んでいます。プロペラ機から飛び出してパラシュートを開くまでわずか1分ちょっとですが、その間、「落ちている」感覚はありません。下からの風にあおられて、宙にぽかんと浮いているようで、そこには地面に足をつけた生活とはまるで違う世界があるんです。一度その感覚を味わうと夢中になりました。早く上達したくて、トレーニングのために3週間で100回以上飛んだこともあります。

──その後、ウイングスーツ・フライングを始めた。スカイダイビングとはどう違うのでしょうか?

伊藤:まるで別ものです。ウイングスーツ・フライングに比べたら、スカイダイビングは「落ちている」感じですね。

 ウイングスーツは本当に「飛んでいる」感覚なんです。通常上空4㎞ぐらいの高さから降りて、時速150㎞で滞空時間は1分から2分。その間、スーツを広げて翼をつくり、横に滑空していきます。技術が上がるほどに自由に飛べるようになって、宙返りもできるし、雲の間を縫っていくことも可能です。人間が鳥になった気分を味わうなら、これ以上のものはないと思います。

 どこまでも飛んでいけるような感じ。それが最高に気持ちいいんです。

──やはりウイングスーツ・フライングのほうが難しいのでしょうか。

伊藤:世界標準のルールで、スカイダイビングを200回飛んでいないと、ウイングスーツ・フライングの許可が下りないことになっています。やはり難易度はこちらが上ですね。スカイダイビングはバランス感覚さえあれば誰でも楽しめるのですが、ウイングスーツ・フライングは筋力を使う。翼に風圧を受けながら、正しい姿勢を維持しなくてはいけないので。疲れて筋力が落ちると横に滑空できず、地面に向けて落ちていきます。それなりの筋力と技術が必要です。

 ただ、どちらが怖いかといったら、僕にはスカイダイビングのほうが怖い。翼がない分、どんどん落ちていくわけで、地面が迫ってくるのが分かるんですよ。「早くパラシュート開かなくちゃ!」と思ってしまう(笑)。いまはウイングスーツ1本に絞ってトレーニングしているのですが、たまにスカイダイビングをすると感覚の違いにとまどいます。

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好きなものを究めるために世界を目指した

──ウイングスーツ・フライングは、まだ誕生して日の浅いスポーツだと聞きました。伊藤さんはどんなきっかけで始めたのですか?
この装備でジャンボジェットが飛ぶ高度10km、マイナス40から60度という想像を絶する世界に飛び出し、世界記録に挑む。

伊藤:スーツが発売されたのが99年ですから、まだ10年ちょっとですね。愛好者は世界で3000人程度だと思います。日本だと定期的に飛ぶ人で10人位でしょうか。

 僕が初めて見たのは、アリゾナにスカイダイビングをしにいったときのことです。ウイングスーツのメーカーがプロモーションにきていて勧められたのですが、このときは飛ばなかった。いかにも危なそうだったから(笑)。自作のスーツで挑戦したパイロットが事故で亡くなった話も聞いていたんです。でも、ウイングスーツの安全性が増していくにつれて、少しずつ普及していきました。

 ようやく僕が飛んだのが、5年ほど前です。スカイダインビングはある程度やり尽くして、次の挑戦がしたいと思っていたころでした。知り合いがウイングスーツを始めたのを見て、そういえば俺、ウイングスーツはまだだったなと、なんとなくひらめくものがあったんです。

──始めてわずか5年でギネス記録を6度達成。記録に挑戦するときは、どんなフライトになるのでしょうか。

伊藤:まず高さが違います。一番高いときで高度10㎞(約3万フィート)、ジャンボジェットが飛んでいる高度ですね。そうなると、気温はマイナス40から60度。水分は一瞬で凍ってしまいます。でも防寒は全然してない。サーマルシャツを重ね着して、下にホカロンをはるだけです。あんまり着込むと身体を動かせなくなるし、特に手袋は、分厚いものだとパラシュートの操作ができなくて怖い。ただ、一度空に飛び出してしまえば、通常のフライトとそう変わるところはありません。

 苦労があるとしたら、その高さに上がるための準備です。まず事前に減圧室にはいって、高度10㎞で自分の身体がどうなるかを体験する必要があります。万が一低酸素症にかかっても、それでもちゃんと動けるのか、確認しておくんです。挑戦当日もすぐに飛べるというわけではない。離陸前に酸素100%のガスを1時間吸って、血液中から窒素を追い出しておきます。急激に高度を上げると、血液中の窒素が泡になって脳の血管をつまらせることがある。それを防ぐためです。

 それからやっと飛行機に乗り込むのですが、高度10㎞に達するまで60分かかります。プロペラ機の限界で、上がろうにも上がれない。その間、僕はすべての装備を済ませた状態で待機。寒いので寝袋にくるまります。操縦桿を握っているパイロットの手が寒さで震えているのが怖いんですよね(笑)。記録を出すには高度が必要なので、僕は特に辛いとは思いません。でも、同行者たちのリスクが心配。高度を上げればそれだけ身体に危険が及びますから。パイロットに気を失われたりしたら、飛行機もろとも落っこちる。ここまでやって、ようやくフライトです。

──そこまでして何度も記録に挑戦する原動力になっているのはなんですか。

伊藤:こういう時代ですから、自分の好きなものがあってそれを究めようと思ったら、日本一で満足せず、世界を目指すのは当然だと思っています。だから、ウイングスーツを始めるときから、ギネスのことは頭にありました。トレーニングするからには記録を目指したい、記録を公認してくれるのはどこかと探したら、カテゴリーとしてギネスしかなかったんです。

 いま保持している世界記録は、水平直線飛行距離26.9㎞、最高飛行速度時速363㎞、3D総合飛行距離28.707㎞と68名でのフォーメーション記録の4つです。何度も挑戦しているのは、単純に記録を伸ばしていきたいからです。それに記録を出すには運も必要。というのは、上空の風がかなり影響するので。最高飛行速度の記録を出したときはジェット気流に乗ることができたおかげで、けっこう楽勝でした。でも、ジェット気流がないと記録更新はまず無理です。気象条件までは空に上がるまで分かりませんから、好条件をつかむためには、回数を重ねないといけないんです。

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出会いが世界を身近なものにしていく

──ウイングスーツの活動は海外が中心になるのでしょうか。
大空を通して世界中の人と知り合えたことが財産だと語る伊藤さん。自身が開発した日本発のウイングスーツを世界に広め、より多くの人に安全にフライングを楽しんでほしいと語ってくれた。

伊藤:日本でも飛ぶことはできますが、飛行機や降りる場所の確保に制約が多い。海外のほうがやりやすいのは事実ですね。日本で軍や警察向けの特殊装備の販売を行っているので、2カ月に1回くらいアメリカを中心に仕入れの関係で渡航する機会があります。そことうまくスケジュールを合わせて、ウイングスーツのトレーニングをしてくることが多いです。

 初めて海外に行ったのは、カリフォルニアで初めてスカイダイビングをした22歳のときですが、大きなカルチャーショックを体験しました。アメリカは土地も広いし、民族が混在している。いままで俺は何を見てきたのかと、世界に対して目が開いたようでした。留学でも仕事でも、また何らかの形でここに戻ってきたいと強く思いました。だから、その後海外に出ていくことに躊躇はありませんでした。英語は得意とはいえませんが、ギネスに申請する手続きも自分でやりますし、仕事上のコミュニケーションもまあできていると思います。通じればいいか、というタイプですね。

──これまでの活動で得た財産といえば。

伊藤:行ったこともない国の人たちと友達になれたことです。スカイダイビングの拠点には、世界中から人が集まってきます。フィンランド、ノルウェー、エストニア……エストニアってどこにあるんだろう? という感じですが、同じものを愛する人間同士です。言葉が通じなくても大体何を言っているか分かるし、一緒に飛んだらすぐ仲良くなれる。何だか世界が身近なものになった気がするんです。

 彼らのなかにいると、自分は日本人なんだ、ここが他の国の人とは違うんだ、と気づかされることもあります。やっぱり日本人は勤勉だし時間も守るし、仕事ぶりもきちっとしている。ヨーロッパの人は近いところがありますね。でも、土地柄や人にもよりますが、アメリカ人は大ざっぱなことが多い(笑)。海外に出るときは、そういう日本人らしさをちゃんと見せたいと思っています。僕のせいで日本人の印象が悪くなったりしては困りますから。

──これから、どんな活動をしていきたいとお考えですか。

伊藤:プロとして、ウイングスーツの楽しさを普及したいと思っています。そのための講習も随時実施しています。まだ愛好者の少ない日本でも「1回やってみたい」という人ならたくさんいますからね。

 とはいえ、スポーツとして確立するのはまだまだこれからです。そのためには、安全性をいかに確保するかが重要だと思います。スーツ自体の安全性も、まだまだ高める余地があります。誰が使っても安全に、楽しく飛べるスーツを開発していかなくてはいけない。今年3月には、フィンランドのウイングスーツメーカーと組んで、僕が設計、開発を手がけた初めての日本製のウイングスーツを発売する予定です。部品や縫製など、日本で生産されたこのスーツのクオリティの高さには自信があります。日本発のこのウイングスーツをアメリカ、ヨーロッパに向けて広めていければなと考えています。

 ウイングスーツ・パイロットとしてこれからもギネス挑戦を続けるつもりですが、同じようなことを繰り返すのは僕の好みじゃない。6月にフィンランドで開催されるレースにも挑戦するし、これまで以上に普及活動にも力を入れていくつもりです。

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