志のチカラ

本名を英語で書くと長くなるからと、「リエwho?」にも「リエ風」にも通じるこの名前をずっと使っている。日本人の感性と、それを超越した個性は画家としての真骨頂。同時に完ぺきな英語と日本語で作詞をし、透明感のある楽曲を生み出すミュージシャンでもある。

Rie fu(ミュージシャン/画家) 1985年東京生まれ。7歳から10歳にかけてアメリカで過ごし、青山学院高等部を卒業後、2004年から2007年までロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズ・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインで油絵を学ぶ。2004年3月には「Rie who!?」でミュージシャンとしてもメジャーデビュー。2014年よりシンガポール在住。アジア、ヨーロッパ、日本と、国境を越えて音楽とアートを結ぶ活動を続けている。

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コンプレックスをバネに、一気に才能を開花
留学で学んだこと、帰国して気づいたこと
英語力が伸びたのは日本での勉強の成果
新しい挑戦の場を世界に広げていきたい

コンプレックスをバネに、一気に才能を開花

――音楽と絵画という異なる芸術分野で活動されていますが、この2つのジャンルをどのように捉えていますか?
Rie fuさんのデビュー10周年を飾る2連続のコンセプト・アルバム第1弾『 I 』。(2014年11月発売)

Rie:「音色」という言葉があるように、絵と音楽は実はとても近い表現方法です。視覚的な「色」と聴覚的な「音色」を、私はほとんど同じように感じています。もちろん見る人や聞く人にとっては、音楽はいつでもどこでも楽しめる存在だし、絵画のほうは美術館に足を運ばなくてはならないという違いはあります。でも作り手としては、絵を描くことも音楽をつくることも、同じ表現だと思っています。

――アートの世界に入ったきっかけを聞かせてください。

Rie:物心ついたころから、外で遊ぶより、家で絵を描いているほうが好きでしたね。原点は「コンプレックス」だと思います。私はすごく人見知りで、コミュニケーションが下手な子どもだったのです。その苦手な面を補う表現手段が「絵」でした。ひとりで絵を描いている時間は、本当に満ち足りた時間でした。いろんな動物やキャラクターを描いて、お話をつくるんです。空想すること自体を楽しんでいましたね。

――音楽との出会いはどのようなものでしたか?

Rie:もともと人前で歌うようなタイプではないので、音楽を始めたのは絵よりずっと遅くて高校時代からなんです。そのころ、海外の美大を目指してポートフォリオ(作品集)の制作に取り組んでいたのですが、絵を描くことにどんな意味があるのか、ただの自己満足なのではないかという葛藤もあって、ちょっと煮詰まっていました。ストレスから逃れるように、弟のギターを借りて弾くようになったのが、音楽を始めたきっかけです。

当時はコードの知識すらありませんでしたが、自分で考えた詞に音を付けたら歌ができました。友だちに聞いてもらうと、絵とは比べものにならないほど、すぐに反応がありました。音楽は、聞いた人の反応がその場で返ってくる。絵は展覧会などで見てもらう‘一点もの’だけど、音楽は時や場所を選ばず、たくさんの人に楽しんでもらうことができる。音楽にはそういう広がりがあるのだと知り、心が解放されたように感じたことを覚えています。

――大学入学の年に最初のアルバム「Rie who!?」をリリース。わずか数年という短期間でのメジャーデビューでしたね。

Rie:一度音楽をつくる楽しさを知ったらもう夢中で、次から次へと月に30曲くらいつくっていました(笑)。で、ついにカセットテープにデモ曲を吹き込んで、レコード会社に送ったんです。レーベルの担当者は、私の下手なギターの弾き語りに驚いただろうと思います。でもありがたいことに、「ダイヤモンドの原石」という意味のことを言ってくださいました。自分の個性や創造性に自信がもてずにいた私には、「もしかすると自分も磨けば輝けるかもしれない」と、初めて思えた瞬間でした。デビューと時期が重なったにもかかわらず、留学を認めてもらえたことも、本当に幸運だったと思います。

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留学で学んだこと、帰国して気づいたこと

――2004年にロンドン芸術大学に留学し、油絵を勉強されたわけですが、そもそもなぜ海外の大学に進学を?
2004年からはロンドン芸術大学での留学を経験したRieさん。刺激的な4年間だったという。(卒業式にて)

Rie:私、7歳から10歳くらいまで、父の仕事の関係でアメリカ東海岸のメリーランド州に住んでいたことがあるんです。アメリカでは、子どもは褒めて伸ばすので、私も日本にいたときよりのびのびと過ごすことができました。そういう教育の違いを肌で感じ、海外の大学に関心をもつようになったのです。最初はロンドンかニューヨークかで留学先を迷いましたが、ロンドンのほうが生活のペースがゆったりしていて、自分の個性を伸ばすのにも適していると思い、ロンドン芸術大学に進みました。

――ロンドンでの4年間、いろんな発見があったのでは?

Rie:留学した最初の年は、イギリスの天気の悪さとか、サービスの悪さとか、期待を裏切られることが多くてイジケてました(笑)。イギリス英語に慣れるにも、1年くらいかかったと思います。

 でも、大学のすぐそばにはナショナルギャラリーがあって、学校帰りにフラリと立ち寄れば、世界的な作品をいつでも無料で見ることができるんです。音楽に関しても、大学の小さな講堂で有名なアーティストが普通にライブをしていたりする。やっぱりロンドンって、すごく刺激的な街なんだと実感しました。

 大学では風景画を学び、卒業制作として描いた桜の風景画は、大学が気に入って買い上げてくれました。欧米の人から見ると、日本の風景には独特の渋さというか、美しさがあるのでしょう。そういう自然や季節に対する日本人ならではの繊細な感性を、丁寧に表現していくことはやはり大切だと思いましたね。

――一度海外に出ると、日本に対する見方も変わるといいますが。

Rie:たしかに留学を終えて帰国したときに、改めて新鮮な視点で日本を見ることができた気がします。驚いたのは、東京には工事現場がすごく多いということでした。私がロンドンで学んだ風景画は、主に自然景観や古い町並みが題材で、どれも何百年も変わらずそこにある、なかば普遍的な風景でした。ところが工事現場というのは、まさに「変化を続ける風景」なんですね。「完成」に向けて日々成長し、常に前向きなエネルギーに満ちている。しかも同じ工事現場なのに、ヨーロッパと東京とでは雰囲気が違うんです。面白いなあと思いました。

 それ以来すっかり工事現場に魅せられて、昨年とうとう工事現場の絵を100枚描き上げ、秋には東京で個展とライブを開くことができました。もし留学をしていなかったら、工事現場の面白さに気づくことなど、なかったかもしれませんね。

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